鬼才の町・バルセロナ(2)

 スペイン南部のバルセロナは、町全体が建築家アントニ・ガウディの博物館のように見える。

地下鉄を使って、彼が残した建物を一つ一つめぐるのは楽しい。

19世紀のバルセロナは、繊維産業などが発達し、好景気にわいた。

1848年にはスペインで最初の鉄道が開通し、様々な大企業が創業して労働組合も結成された。

この時代のバルセロナは、好景気と急速な工業化のために、「小さなマンチェスター」というあだ名をつけられたほどである。

カーサ・ミラやカーサ・バトリョなど、ガウディの傑作として知られる建物を作らせたのは、バルセロナの興隆期に企業家として財を成した人々である。

カーサ・ミラがある大通りパセイグ・デ・グラシアには、ガウディの建物以外にも、威風堂々たる建物が多く、目をひきつける。

機能的なビルに、ゴシック教会の尖塔やドームを組み合わせたような重厚なビルは、ガウディのファンタジーに溢れた建築と好対照をなしており、興味深い。

 さて急速な工業化によって、信仰心が薄れるのを危惧したカトリック信者たちは、バルセロナの北東に新しい教会を建設することを決めた。

当初この教会は古典的な様式で建てられる予定だったが、建築家とカトリック信者たちの意見が合わなかったために、1883年にガウディが設計者に任命された。

これが、世界で最も独創的な教会建築として後世に知られることになった、サグラダ・ファミリア(聖家族)聖堂である。

 まるで砂で作られたロケットのように見える尖塔は、市内の至る所から望むことができる。

ガウディが完成させたファサード(壁面)には、キリスト生誕の情景を再現した彫刻が施されているが、動物、天使、樹木、果物などの浮き彫りや彫刻が建物全体をおおっている。

堅固な石がまるでドロドロに液状化したかのように、雫(しずく)になって滴り落ちている部分もある。

石の建築に生物か植物のような印象を与える、ガウディの技法が聖堂全体に使われている。

カタロニア地方独特のアールヌーボーである、モデルニスモの最高傑作の一つだ。

 ガウディは40年間にわたり、この聖堂の建築に携わり、1926年に没するまでの15年間は、サグラダ・ファミリアの建築だけに全身全霊を捧げた。

主にカトリック信者らの寄付によって建設されている教会は、今も工事中であり、ガウディの死後100年にあたる2026年に完成させることが目標となっている。

毎年200万人が見学に訪れるこの聖堂は、2005年にユネスコの世界文化遺産の1つに指定された。

 カタロニア人の暗い情念がほとばしり、混沌とした激情が行き所を失って、そのまま石として凝固したような印象を与える建築物は、バルセロナの顔といっても過言ではない。

(続く)

(文・絵 熊谷 徹 ミュンヘン在住)筆者ホームページ http://www.tkumagai.de

保険毎日新聞 2007年1月